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なぜ、そのアニメは「面白い」のか!?

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『ココロコネクト』第十三話の感想・批評・レビュー・考察

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『ココロコネクト』第十三話の感想・批評・レビュー・考察
原作:庵田定夏
監督:大沼心
キャラクターデザイン:赤井俊文
シリーズ構成:志茂文彦
音楽:三澤康広
放送期間:2012年7月 -


第十三話「この五人がいれば」


これにて『ココロコネクト』完結。

伊織の家庭の事情が、ひとまず解決。
母娘のコミュニケーションが深く豊かになり、
もし新しいお父さんが現れても、今後は二人で考えられるでしょう。


全話を締めくくるにふさわしい言葉は、これ。

「助けて、くれますか?」
iori.png

仲間を信頼し、秘密や傷を共有して、頼り合う。
これが『ココロコネクト』で描かれていたことだ。

ふうせんかづら、という異能者によって、
5人の形だけの部活がむちゃくちゃにかき回された。
それによって、半ば強制的に、お互いに助け合うことになる。
例は不謹慎だが、第二次大戦頃の日本政府が鬼畜米英と叫んで、日本国内をまとめたのと同様である。

ふうせんかづらは、敵役を買って出て、5人をまとめてあげる義理なんてないので、
そんな目的は持つ訳はないのだが、結果として、同じ構造で同じような連帯が生まれた。


こういった敵と戦う構造と文化部をつなげることには意味があるだろう。

なお、昨今やたらと『けいおん!』にかこつけて文化部の作品を「またか」と言う傾向があるが、
そんなものは昔から大量にあった。
『究極超人あ~る』や『ボンボン坂高校演劇部』、『紅茶王子』など。

重要なのは、文化部つながりなら文化部つながりで、
それらを扱った諸作品の共通点として何を見出すかだ。
じゃあ、『ちはやふる』とか『咲』とかは何が面白かったのか。

やはり最大公約数的には、
目的に向かってみんなががんばる姿に燃える、という点が面白いのだろう。
それに対して、ギャグがある。ギャグは、もちろん笑わせようとする。
ギャグの笑わせ方は、普通だと思っていたことに対して、違うよん、ということに根源がある。

でも、ギャグだから、真面目になれない。
『ボンボン坂高校演劇部』も別に演劇部じゃなくてもよかったんじゃないの?
と言われると、そうだね、と言わざるを得ない。

つまり、今回のように部活を軸に見ている場合、
ギャグはあくまで本気の部活があってこそズレることができる、
という燃え系ありきのスタイルということになる。

そういう観点からすると、日常系はどう位置づけられるだろうか。
日常系は、日常の中に面白さを見出す。
もちろん敵が攻めて来なくていいし、特別なことなんて何も起こらなくていい。
というより、そんなことが起こっては非日常なので、起こってはならない。

だが、気をつけてほしい。
いわゆる日常系のアニメも決して、わたしたちの「日常」を描いてはいないことに。
まあ、わたしたちの生活をなぞられても、吐き気を催すだけですけどね。


『宇宙海賊コブラ』で、
人は、退屈になると刺激を求め、刺激を受け続けると退屈を求めるもんさ、
みたいな台詞があったが、要は、そういうことなのだろう。

これまでの激しいアニメとは異なり、見た目は日常に近いものの、
実のところは、「激しく燃える」から普通を通り越して、
「穏やかでなごむ」ところに到達してしまっている。


本作は、部活ベースでありながら、
昔ながらの「がんばろうぜ!」燃え系とも、最近の「がんばらなくていいよ。」日常系でもない。

この軸に乗らないということは、部活にあんまり意味がないのである。
文研部はただのたまり場に過ぎない。
文研部でなくて、同じ団地に住んでる5人でもよかった。
メンバーが集まる理由を設定してみただけだ。

文研部をアニメの舞台にしているが、部の活動目的はない。
メンバーがたまたま全員ふうせんかづらのターゲットだったから、
文研部の目的が、外からの一方的な攻撃に対する対処、に見えるだけだ。

以前指摘したことだが、この自衛はバトルものの一つの確立したパターンである。
『トップをねらえ』、『マクロス』、『ストライク・ウィッチーズ』、『トータル・イクリプス』など。

こういった受け身スタートは、何も考えなくていいので、ある意味ありがたい設定であるが、
面白いのは、この攻め寄せる敵と翻弄される自分達という構造の周辺である。

この構造によって、人々は振り回される。
敵がいるために情報が統制されたりもあるが、とりわけ尋常な思考が働かなくなる。
たぶん、まともな情報に耳を傾けなくなってもいる。
場が異常にさせるのか、と思われる程、集団がおかしなことになる。
そんな世界と隣り合わせ、あるいは既に自分が異常なんじゃないかというチリチリした危機感がたまらない。

今日でも、中国や韓国で似たような状況が報道されている。
いろいろとぶっ飛んだ事件が起きているようだ。
例えば、反日デモのはずが、日本と関係ないロレックスやDiorが襲われたという。

もちろん、『ココロコネクト』の作者は、”まともに”描いているつもりだろう。



そして、『スピード』での名台詞「異常な状況のなかで一緒になったカップルは長続きしない」。
こういう異常な場というのは、その後のむなしさを予感させる。
『ガン×ソード』の第三話では、その点がフォーカスされ、
かつてエルドラVというヒーローだったおじいちゃんたちが登場した。
e5.jpeg

エヴァンゲリオンが一夏の物語であると意識したとき、
むなしい気持ちになったものである。



さて、ただ『ココロコネクト』もここまででは、半分しか到達していない。
すなわち、秘密や傷の共有と共通の敵からの防御までであり、
そもそもの問題であるふうせんかずらには一歩も近づくことができなかった。


この点で攻撃に転じてみれば、また新しい展開が期待できる。
率直に言って、逆にそういう内容でなく、
まだ「いなばんの不安」とか「太一の心配性」とかが描かれるようなら、これ以上面白くはなるまい。

キャラクターが型にはまり過ぎてしまっているのである。

第十三話のもう一つの決め台詞。
伊織「私は全ての過去があって今の自分になれたから。
今までの自分の歩んできた道を否定すれば、今の自分を否定することになる。それはしたくないから。
唯と青木みたいに、全力で生きている二人を見た後に、そんなこと思えるはずないよ。
これまで積み上げてきた過去がなかったら、私は今の場所にいられなかったと思う。
だからやり直さなくていいです!」


どこかで聞いたような台詞でしょう?
なんか、いいこと言ってやろうみたいな感じがする。


いろいろと言えることがある気がするが、
少なくとも、こうは言える。
ゲームじゃないんだから、全部の選択肢を選んで結果を比較できはしない。
ゆえに、何度やり直しても、たらればを語らずに済むことはない


ふうせんかづらへの反撃を期待して、視聴を終える。



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  1. 2012/09/30(日) 22:35:55|
  2. ココロコネクト
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