半歩踏み込むアニメ批評!

なぜ、そのアニメは「面白い」のか!?

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『ソードアート・オンライン』第十話の感想・批評・レビュー・考察

視聴アニメ一覧

『ソードアート・オンライン』第十話の感想・批評・レビュー・考察
http://p.tl/9lQi
原作:川原礫
監督:伊藤智彦
キャラクターデザイン:足立慎吾
音楽:梶浦由記
放送期間:2012年7月 -


『ソードアート・オンライン』第十話「紅の殺意」
※作品のことをSAOと略し、作中のゲームのことをサオと呼ぶ。

第十話は一つの到達点と言ってよい。
ついに、キリトとアスナの恋愛が成就したのだ!
スクリーンショット 2012-09-09 18.51.10

今回の「紅の殺意」も面白かった。
その面白さは、とくに恋愛に極まっているのであるが、
そろそろと確認していきたい。

■「乙女を賭けた戦い」〜キリト危機一髪
■キリトとアスナの恋愛


■「乙女を賭けた戦い」〜キリト危機一髪
・基本に忠実に「燃える」その1

キリトからしてみれば、
アスナとの気軽なダンジョントレッキング、だったはず。
が、アスナの属する血盟騎士団の団長ヒースクリフが、
おもむろにヘビーな選択を迫ってきた。

アスナは副団長の重責を担っている。
彼女と行きたいのなら、私と勝負したまえ。
私に勝てばアスナと行ってよい。負ければ、……騎士団に入ってもらおうか。

スクリーンショット 2012-09-09 19.01.04


キリトにとって、メリットは人間関係において、
アスナにかっこわるいところは見せられない、というプライドを満足させること以上に、
何の意味もない取引である。

一方、デメリットも、そこそこ止まりである。
血盟騎士団に入らされれば、面倒な拘束を受けるだろうが、
拘束がなくても、本業である攻略は他者との協力なしには困難になってきている。

だが、ここではデメリットなんてどうでもいい。
視聴者からは、前時代的な「男前」が求められているのである。
一瞬のためらいもなく、「乗った!」と言わなければならない。
大事なお約束の「燃え」ポイントである。

お約束を守ることも非常に重要である。
たとえば、『serial experiments lain』のように、
基本が意外な要素で構成されたアニメは、面白くなりづらい。
視聴者の基本である日常とずれっぱなしで、わけがわからなくなってしまうから。

さて、そして物語は、大観衆から注目を浴びて、頂上決戦となるわけだが、
これもなかなかよい演出である。
残念ながら、人は持ち上げられるのに、とても弱い。
わたしたちの分身たるキリト君が「二刀流の悪魔」と畏怖の対象になるのが気持ちよいのである。
実際、そうなってみれば気持ちよくなんかはないのだろうが、
畏怖の対象になったことがある人間なんてそうそういない。
なめられたことならあったとしても。クラディールからされたように。
だから、最強の剣士みたいな扱われ方はちょっと気持ちいい。

そして、ヒースクリフ団長との白熱の一戦。
スクリーンショット 2012-09-09 19.23.03


惜しいところで破れる。
キリトが「?」な顔をしているところが気にかかる。
スクリーンショット 2012-09-09 19.25.11

タイミング的には入ったはずの一撃が、盾ではじかれたのだが、
それがまるで時が止まったかのようだったのだ。
この辺りの伏線になりそうなところも面白い。


・基本に忠実に「燃える」その2
キリト危機一髪。
スクリーンショット 2012-09-09 19.32.41

「間に合った。間に合ったよ。神様」
スクリーンショット 2012-09-09 19.35.55

この、待ってました感ですわ。
わかってても喝采。

この単純明快なお約束展開。
感情を刺激しつつも、頭脳は緩むところだ。
ただ常に、ここが仮想空間である、という意識が、
わたしたちの意識に若干の違和感を残し、SAOならではの味になっている。

「君は、何があろうと帰してみせる、あの世界に。」
スクリーンショット 2012-09-09 19.56.57




■キリトとアスナの恋愛
ヒースクリフ戦後の、
アスナのキリトを守る発言、「やっと二人きりになれたのに」発言で、
不思議な程に、アスナが素直。
ふむ、かつてない。
スクリーンショット 2012-09-09 19.46.22


と、思うのもつかの間。
クラディール退治直後、互いの献身により、雰囲気は最高潮に。
スクリーンショット 2012-09-09 19.38.22


そして、場面は最終局面に。
スクリーンショット 2012-09-09 19.49.14


ラブコメ臭が、見ている側まで恥ずかしくさせる展開。
このドキドキ感がやっときた。
アスナが再登場してから、じれったいわ〜と思わされていた視聴者にとって、
やっと落ち着くべきところに落ち着いた。

と、ともに、アスナに肩入れしていれば、ショックな展開。
いずれにせよ、一定のインパクトは与えられた。

そして、ここまでが感情的に刺激される部分であるが、
ちょっと考えると、「サオにおけるセックスとは何であるか」という論理面での疑問も浮かぶ。

論点を時間の流れに即して切り分けてみた。

論点:
・サブ1:性的な欲求が生じるのか。
・サブ2:肉体感覚は、現実と同じなのか。
・サブ3:現実の肉体は、どう反応しているのか。
・メイン:現実面において、同等の行為をなしたと考えるべきか。


・サブ1:性的な欲求が生じるのか。
これは主に、カヤバアキヒコの設定によるところになってしまうが、
答えとしては、Yesになるのではないだろうか。
とくに食欲が残されている点からも予測されるし、
カヤバがそうする理由もある。

この後、番外編としてカヤバの意図を書いてみようと思っているが(実現率20%ぐらいですが)、
おそらくカヤバは、
100層にたどり着いた人物に「現実に戻るか、サオに留まるか、どちらかを選ばせてあげよう」
と言うだろう。
この『マトリックス』的な世界であればこそ、
キリトのような人間でも「二刀流の悪魔」たりえたのである。
現実では、そうはいかない。

サオに比べると、現実は、資源の量に対し、人間が多すぎるのだ。
ゲーム難易度で言えば、天と地程の差がある。
そんな世界に戻りたいと思うだろうか。
カヤバは、人類に楽園を用意したつもりでいるのだろう。
(現実ではほとんど動かないから奉太郎以上に省エネだ!)

であれば、カヤバは神に勝つ気でいるのだ。
現実での快楽も、サオに導入しようと思うだろう。
性欲が外されるとは考えがたいゆえんである。


・サブ2:肉体感覚は、現実と同じなのか。
これもほとんどがカヤバ次第であるが、
重要なことは、「痛み」がないことである。

性欲という段階では、別に「痛み」がなくとも何と言うことはないが、
セックスとなると、これは途端に大問題に発展する。

セックスにおいて、求められる「快」というのは、
「痛み」が限界になっていると思われる。
詳しく書く必要もないだろうが、
相手にとってか、自分にとってか、
「痛い」というところの寸前まで「快」を享受しようとしてはいないだろうか。

したがって、
「痛み」がなくては、わたしたちが通常呼んでいる「セックス」は成立しないと思われる。



・サブ3:現実の肉体は、どう反応しているのか。
これにはあんまり興味がないが、
比べるならば夢を見ている状態だろう。
淫夢を見ているのに近いのかもしれないが、
何しろ、現実を描くシーンが全く出て来ないので、確認のしようがない。

関連して、もっと気になることがある。
現実での影響が、サオにフィードバックされている描写が全く見られない点である。
第一話で、ナーヴギアによって、
脳から身体への命令がカットされていることが述べられているが、
それほど不自然な状態で、一定以上の時間を過ごせば(サオの時間感覚を現実にあてはめてよいとは限らない)、
現実の肉体がダメージを受ける例が少なからず出てくるはずである。

何千人もいれば、全員が病院で適切な処置を受けているとは限らない。
現実の肉体が何らかのダメージを受けて、意識もうろうとすることもあるだろう。
その辺の危機感もなく、サオに適応している場合ではないと思うが。


・メイン:現実面において、同等の行為をなしたと考えるべきか。
さて、やはり重要なのは、セックスが人間関係に持つ意味の大きさである。
端的に言えば、現実と違う意味でのセックスが登場するだろう。

理由は簡単で、現実の身体を使わないから。
上述のように、おそらく性欲は残されているだろうが、
「痛み」がない以上、現実のセックスとは似て非なるものである。
そして、当然の如く、性病もなく、おそらく子どもも生まれない。
(と思うが、子どもができるシステムだとすると、感情的にはサオから出られない!)


女性の場合、現実のセックスに伴うリスクがほとんどない。
女性程ではないにせよ、男性にとってもリスクが低減する。
ということは、セックスのハードルが低くなる、ということである。
はたして、セックスは、現実より気楽なものとなるだろう。

そこで注目すべきは、
「求められる場合に、余り気乗りしなくても応える」、
この数が増えてしまうことである。

ある意味、現実の身体は、きれいなまま残しておけるのである。
言い訳を得てしまえば、燎原の火の如く広まるだろう。

そうなると、おそらく人は、セックスを分類しようとし始める。
こういうセックスは許せるけど、こういうのはダメ。

こうして、セックスは、現実よりも、
人と人との間で行われることが多くなり、存在感を増していく。
ある人とどういう関係かを考えるに当たり、
登場し、考察される深みを増していくことになるだろう。

ただ、こうなるのは、
現実の身体を使ったセックスの価値を一段上げたからであり、
現実の方の社会的重要性が増すことになる。

こうして、価値的には向上したが回数が減少する現実のセックスと、
(サオにいる間、現実のはしようがないわけですが……)
価値的には現実より下だが、コミュニケーションの手法として、
取れれる回数が増し、いくつかに分類されるであろうサオ内でのセックス、
という分化が起きていると思われる。

なお、サオでは、レイプについても状況が変わる。
PKが存在する以上、レイプも存在するだろうが、
マッピング機能やHPの低下条件により、
脅しの方法や内容が現実とちょっと違ってくる。

ただ重視すべきは、セックスの重要性が下がったことにより、
レイプ自体の深刻度が下がってしまい、
また被害者の諦めもつきやすく、件数の増加を招くことだろう。


このような思考実験を許す深みがサオの設定の力である。
前回、正面から述べたところだが、面白い。

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  1. 2012/09/09(日) 21:30:56|
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