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なぜ、そのアニメは「面白い」のか!?

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『妄想代理人』の感想・批評・レビュー

視聴アニメ一覧

『妄想代理人』
http://p.tl/6qFz
原作・監督:今敏

mousou.jpg
http://www.mousou.tv/


今敏の初めて監督するテレビアニメ。
(故人に対する通例として、敬称略)
現代日本の諸問題をSFミステリーに仕上げた作品でした。


今監督は、アニメ界の「筒井康隆」ですね。
監督が筒井ファンであることはよく知られています。
実際に、『パプリカ』をつくってしまうぐらいですし。

そして、実は私も小学生時代から筒井ファンなのです。
であるがゆえに感じる筒井感がこの作品にもあります。
この感じは、『Perfect Blue』を見たときにもありました。

「この感じ」をとりあえず羅列すると、
・何かが過剰
・SFなのに現実ときっちりつながってる気がする
・エロ・グロ
・いわゆる変態っぽい
・くるってる
・下品きわまりない
・ものすごくうざいキャラがいる
・吐き気がする
、とこんな感じ。

筒井作品からよく漂ってくる匂いです。

こういう作品は少ないですから、
ぜひ見てほしいですね。
私なんかは、『マリア様がみてる』を並行して見てたものですから、
ものすごいギャップでした。

閑話休題。
ここで筒井康隆とのつながりをわざわざ書いたのは、
『妄想代理人』が、現代をいかに捉えているか、
現代といかに切り結んでいるか、を書きたかったからです。

先ほど羅列した感覚は、
よくよく現代人を見つめてみると、
かすかに匂い立つ違和感、というか無知蒙昧さ、
これをごく丁寧に腑わけし、悪意をえさに増殖させ、目の前にたたきつける、
こういうところに注力した描写から生まれていると思います。

たとえば、電車で痴漢と勘違いして、わめきたてる女、
子供への害悪と一方的に決めつけ、がなりたてるPTA役員、
そんな度し難い人物を見ることから生まれる感覚が、
筒井感と書いたものです。

自分たちのバカさ加減、暗愚ぶりに、本当に吐きそうになります。


今回の『妄想代理人』では、
「逃げたい」という心情、それを生む追い詰められた状況に、
焦点が合わせられました。
この点を、まるで筒井作品のように、過度にふくらませたカリカチュアです。

要約すると、こんな感じでしょうか。
 人気キャラ「マロミ」のデザイナーである月子は、新作に行き詰まり、
 「通り魔に襲われた」と仕事から逃げだす。
 マスコミは、気鋭のデザイナーが襲われたと大きく報道。
 模倣犯が現れ、たまたま襲撃した相手は、月子の狂言を見抜いてゆすりにきた川津だった。
 そのころ、「通り魔少年バット」の特徴と一致した恰好をしていた優一は、
 人気者から一転いじめられっこになってしまう。
 優一がいじめの首謀者と決めつけていた牛山も、たまたま模倣犯に襲われ、
 その場に居合わせた優一は、疑いがかかることを恐れて、
 ついに自分も「少年バットに襲われた」と狂言を打つ。
 あとは同様に、追いつめられた人々の、少年バットの名を借りた狂言が日本中で横行する。
 つまり、真の通り魔少年バットとは、「少年バットに襲われたことにしてしまえ」という嘘なのである。
 それは、まさに安易な逃げであり、短絡的な癒しを提供するマロミに頼って現実から逃げる姿と重なる。
 そして、「逃げ」が日本中に広がった。
 作中では、逃げなかった猪狩ミサトを起点に、現実を受け止める姿勢が広がっていく。
 しかし、最後に「老師」を継いだ馬庭が、この現象の繰り返しを指摘して、後味悪く締めくくられる。
 ※狂言といっても、強ち意識的なものばかりではないかもしれませんが。


まさに現代日本の諸問題の側面を照らす作品でした。
 社会人からは理解できないとされる学生。
 現実と虚構の区別ができていない若者(それを理解できていないのになじる若者)。
 未だ、情報に振り回される情報弱者。
 一瞬でホームレスになった老婆。
 騒がれても防げないいじめ。

彼らに通底するのは、自分を特別視する倨傲です。
「自分だけはわかっている」、「自分だけは失敗しない」、「自分は悪くない」、などなど。
これによって起こっている問題が現代にあることを
今監督は、厳しく指摘したのです。

逆にこうも言えます。
今監督が、取りだしたのは、現代風の現象の裏に写る、普遍的な問題だと。


私個人の意見としては、
自分にいちばん価値があるとすることは当然のことなので、それ自体を否定するつもりはありません。
誰だって自分がかわいいものですし、だからこそ自己犠牲がウケるのです。
しかし、自分の知識の範囲や、能力の程度を見誤ったり、
社会通念上生じる責任の範囲に自分だけが含まれない、とすることは、
自分を大事にすることとは、また別です。

自分が周りからどう見えるのかを考えて、その上で自分を守れればいいのですが、
それが難しいんですよね。



■関連項目
筒井康隆
けいおん! 平沢進
バットマン
大友克洋




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  1. 2011/05/09(月) 02:12:10|
  2. アニメについて
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