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なぜ、そのアニメは「面白い」のか!?

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『機動戦士ガンダム』の感想・批評・レビュー・考察 2

視聴アニメ一覧

『機動戦士ガンダム』の感想・批評・レビュー・考察
http://p.tl/-qYy
原作:矢立肇、富野喜幸
総監督:富野喜幸
脚本:星山博之、松崎健一、荒木芳久、山本優、富野喜幸、他
キャラクターデザイン:安彦良和
メカニックデザイン:大河原邦男
放送期間:1979年4月7日 - 1980年1月26日

機動戦士ガンダムの劇場版を無事見終えることができた。

30年以上に渡って、人気を保持し続ける脅威のアニメシリーズ第一作が、
こうなり得た理由を前回に引き続き探っていきたい。

二番目の要素として取り上げるのは、「b. 設定の細かさ」である。


b. 設定の細かさ

後付けの要素も多々あるのだろうが、
レーダーを無効化する「ミノフスキー粒子」に始まり、
アムロの強さを根拠づける「ニュータイプ」など、
作品中の現象を説明するための、様々な概念が用意されているのが本作の特徴である。

それが何を生み出したか。
作品の奥行きであり、つまるところ「視聴者が概念を理解したと思ったときに、
各自が新たに物語をつむぎ出す」、ということを生み出したのである。
たとえば、アムロがニュータイプであると明言されたとき、
「アムロがニュータイプなのはわかってたけど、シャアも、もしかして妹のセイラも?
だったらセイラも今後、MSが与えられてもいい。
もし、セイラのMSが与えられるとしたら、やはりまずはジムか。だがニュータイプだから……」。
このように想像は膨らむ。

必然ではないが、概念(concept)には、その具体的な内容(conception)を想起させる力がある。
動物という概念について、必ず死ぬのだ、とコメントされれば、
犬や猫や象やクジラが思い浮かぶものである。

ガンダムの人気の一つの理由は、この概念による想像のかき立てである。
「こんなこともありえるのではないか、あんなこともありえるのではないか」、
と想像は膨らみ、ファンの間の会話は俄然盛り上がる。
二次創作の量を決めるのも、主にこれだ。

そして、それを助けたのがアニメ雑誌である。
新しい概念でなければ面白くはないが、新しい概念ばかりだと話についていけなくなってしまう。
そこに雑誌が現れて、文字として書き留めていてくれたらどうだろう。
ひとまずの係留点として、理解の共有を多いに助けてくれるだろう。

だが、もちろんアニメ雑誌もガンダムが面白かったから取り上げたのであり、
単に新たな概念が多かったからではない。

ガンダムの凄味はここにある。
政治的な関係、産業の発展、個々人の人間関係、そういった諸々を宇宙世紀にふさわしいものとして、
新たに概念を生み出し、設定しておきながら、真っ正面から使うのはニュータイプぐらいで、
他はわからなくても問題ないようにできている。
そして、新たな概念だけでなく、古くて重要な概念も織り交ぜる。
たとえば、デギンがギレンに「ヒトラーのしっぽ」と述べるシーンがそれに当たる。

このさじ加減が、絶妙なのである。
適度に秘密めいていて気になるが、なくても筋は分かる。
ちょっとしたストレスを与えて、30分の放送が終わっても、
アニメキッズはまだガンダムの虜に留め置かれているのだ。


そして、最後に「c プロットの巧みさ」を挙げる。


c プロットの巧みさ

機動戦士ガンダムにおいては、いくつかの平行する事案が、
常にホワイトベースにとってどうか、という観点から描かれた。

いちばん始めに提示されるテーマは、宇宙での戦争である。
シャアがV作戦を嗅ぎ付け、戦闘行為に入ろうとするシーンで描かれる。

続いて、フラウ・ボウと、アムロ。
どうやらフラウはアムロに好意をもっているらしい。
こうして恋愛というテーマも現れる。

その後、民間人と軍人、組織運営、相互理解とは、
復讐、政治における目的と手段、優生学、選民思想、敵と味方、
親子、夫婦、浮気、などなど。

設定がある程度細かくなされているため、
人間関係の上で現れる現象がテーマとして生きており、
適時に(テレビ放映話数毎に)現れるよう組み立てられている。

とくに秀逸なのは、ミハルのターンである。
ジオンのスパイをやって弟妹を食べさせてやっているミハル。
一介の民間人であったはずが、汚い仕事に手を染めている。
ホワイトベースの乗員の前に現れたときも、下品な売り子で見ていてつらい。
行き先を調べるため、木馬に潜り込み、見つかるがそれは幸運にも世話をしたカイである。
カイに匿われて首尾よく行き先は流せたが、カツ、レツ、キッカの姿に弟妹を想起し自分の行為の重大さに気付く。
何くれと気にかけてくれるカイと心を通じ合わせかけたそのとき、機から振り落とされて死亡。

ここには、個人の心を貧しくさせる戦争の威力、
極限状態の苦しみ、愛の喜び、運命の非常さ、そんなものが詰まっている。

よくもまあ、ガンダムというお話を転がしながら、こんな小品を組み込めたものだ。
劇場版だからか、役割の割にララァの存在感が薄かった気もするが、
大きな話と小さな話が呼応し合い(例えば、マチルダさんの「エスパァかも?」の伏線)、
全体を盛り上げている。

原作なしでここまでできてしまうのだから驚きだ。


以上、3点にわたって、ガンダムがアニメ界の古典として、
現在も高い人気を誇る理由を探ってきた。

続く作品を視聴し、シリーズとして、
一貫して人気を得る要素があるか否かを検討したい。






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  1. 2012/07/18(水) 00:34:42|
  2. ガンダムシリーズ
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