半歩踏み込むアニメ批評!

なぜ、そのアニメは「面白い」のか!?

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【暫定回答】初音ミクになぜここまで盛り上がるのか

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問題提起


初音ミクがディスカバリーチャンネルで取り上げられていた。
わたしは、「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」から入った口だが、あれからどれだけたっただろうか。
もう、すっかり市民権を得たような初音ミクだが、どうやってここまで来たのか考えたい。

ディスカバリーチャンネルの動画

初音ミクは、たしかに、
秋元康みたいな中心となる仕掛人がいるわけではなくて、
ユーザーが別々に仕掛けているほんの小さな音楽活動の、結束点である、
というディスカバリーチャンネルの理解は間違っていない。

それこそ、コアを持たせないインターネットと親和的であるし、
初音ミクの、楽器として、ツールとしての側面と、
一つの人格を連想させるキャラクターとしての側面をよく捉えている。

しかし、そんな、予定調和的な説明がなされるべきなのだろうか?
こんな、無味無臭の「賢い」理解で、
ミクの熱狂がつくりあげられた、と考えるべきなのだろうか?


ミクの本当のスゴさ


仕組みの理解はそれでいい。
より重要なのは、どうやって、これほど多くの人の気持ちを、これほど強く動かしたのか、だと思う。

何かの活動をともにする仲間づくりと、
それを楽しむ消費者とのつながりづくり、
これが、手軽な一つの作業に集約されていたことが奇跡的なポイントなのだろう。

かわいらしいキャラクターとしての完成度、
ユーザーの思うがままに動かせる操作性、
そして、動画を共有でき、コメントをつけ合えるニコ動、youtubeの存在。

とくに重要なのは動画サイトだ。
動画サイト視聴者だからこそ、音楽と映像に歓喜したし、
コメントをつけ合うことで、刺激をもらうことができた。
飽きずに続けられた。

だがそれは、体育会のように爽やかな「甲子園目指してがんばろうぜ!」みたいなものではない。
ここは、まことにけがれた世界である。



皆ネット時代の熱狂


これら動画サイトは、
2ちゃんねると地続きの、匿名を笠に着た、隠微でいやらしく、よこしまなコミュニケーションの場である。
この、クソみたいな感情むき出しの場がとてもいい。


がんばってはいても、しょうもない作品は、不特定の誰かから辛辣にコメントされるし、
それに甘ったるいなれ合いコメントは、クソミソに攻撃される。
そして、ミスすれば炎上にまで発展する。

だが、このコメントすることへの気楽さによって、きつくてもコメントはつくのである。
何かつくれば、誰かが評価してくれ、それに対してまた別の誰かが反応し、
というのが少しぐらいは起こる。


この誰かとつながっている感じこそ、強い。
「赤信号、みんなでわたれば怖くない」、
もっと不謹慎なことを言えば、ナチスのアイヒマンのように、
「みんながやれと言っている」というのは、
盲目的な行動を生み出す程、感情にうったえかける。

だから、笑いから、エロや萌え、ときにはグロ、果ては差別的な発言まで、
テレビみたいに去勢された表現ではなく、
感情を刺激してくれる表現を見ることができる。

ミクの裏にあるのは、そういう汚くて熱い感情のぶつかり合いなんだと思う。
ミクにはそういうものが期待され、掃き溜めにツル的に、たまにスゴい作品が現れる、
そういうサイクルが、熱狂を生み出したのだと思う。



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  1. 2013/06/02(日) 16:04:57|
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